Top News 父喜紹介 徒然父山 喜也草子 CD 冷岩-coolrock- X'mas ×X'mas 父喜苑 2006.11.23.


■徘徊と憑依


ワタシはよく深夜に徘徊します。
徘徊と言っても、お歳を召した方がふらっと出歩いて息子さんや嫁が捜しまわるソレではないのですが。

たしかに幼稚園のころのワタシは、夢遊病気味らしかったそうです。
らしかった…とゆうのは、その時もいまもまるでその記憶がないもので。
夜中に2階の寝室から目をつぶったまま階段を早足で降りてきて、居間でくつろぐ両親は、最初ワタシがトイレに起きたのかと思ったそうです。
が、まだ目をつぶったまま玄関へ向かい、裸足のまま外へ出ようとしたため、度々阻止したそうです。
全然おぼえていません(^_^;)

ある日などは、朝起きてお気に入りのイチゴ柄の大きな枕がないことに気付き、母と部屋中を探しました。
ベッドの下、窓との隙間・・・あんな大きなモノがなくなるはずがないのに!
結局枕は、押し入れ下段に隙間なく積まれている衣裳ケース(よくある収納引き出し)のひとつに、すっぽりと収まっておいででした。
ご丁寧に、上に衣類を被せられて・・・。
これも何故だか全然おぼえていません(-.-;)

いまでも一番多く見る夢のひとつに、実家の階段を降りていくモノがあります。
降りる足や体の感覚が一切なくて、目だけあるいは意識だけがスーっと滑り台で降りるような・・・。
幽体離脱…?
目はつぶっていたとゆうのに不思議なものです。

と、かなり横道に逸れてしまいましたが、そう、徘徊のお話を。


深夜にうちでひとり、曲づくりや歌詞づくりにどうしようもなく煮詰まると、ワタシは外へ出て車を走らせます。
部屋着のまま、ipodとノートと筆ペンとケータイと財布と手拭いだけをポーチに入れて(手拭いは後で重要なグッズ)。
誰と会うとかどこへ行くとか、そうゆうことではないのです。
外を行く人たちを眺め、お話を想像するのです。

ユーミンがこっそりファミレスで、隣のカップルの会話を盗み聞きして参考にする・・・とゆう話は有名ですが、もっと自虐的な方法かもしれません。

たとえば、、、

「あそこで信号待ちしてるふたりは仲良さそうにみえるけれど、それぞれが言いたいことが言えずにいらつき、
だけどそれでも手を繋ぎ合って確かめ合いたいと思っている」

「閉まったビルの前の植え込みに座って缶コーヒーを飲んでいるあの人は、さっきからずっと星も月もない夜空を見上げているけれど、
スーっと流れた涙を紺スーツの袖で拭い、ゆるんだネクタイを締め直して歩いて行った。少しだけ晴れやかな顔で」

そしてそのお話を自分の意識に移植させて、感情移入します。
すべて側道に車を停めての作業ですが、知らない人が見たらとゆうより、知り合いが見ても驚くかもしれません。
小型マイクをつけたipodをボイスレコーダーとして助手席に準備し、膝にはノート右手には筆ペン、左手には手拭い。
さぁスタート!

「ぅぅ…しくしく…どうして解り合えないの…こんなにアナタの手を握っていたいのに…せつないよー(大泣)」

はい、さきほど見かけた女性の方から創り出したお話が、ワタシに憑依しました。
憑依されたのだから、当然ワタシも大泣きです。

「ああーもどかしい!いっそこの場でおもいっきり抱きしめてしまいたい!でも出来なくて苦しいぞーうぉーーっ」

その相手の方も憑依された模様です。
こんどはワタシも頭を掻きむしって狂おしく叫びます。
全く見ず知らずのふたりがワタシの中で悩み葛藤し泣き、当然ワタシもその感情に合わせて泣きわめきます。
(もちろんまわりに迷惑にならないように、窓は閉めきったままで)

その間、ノートには文字とも絵とも言えないキーワードやシンボルが多数描かれます。

しばらく後、手拭いで涙をすべて拭き取って冷静になります。
憑依されていた方とは、この時点でお別れです。
見ず知らずのカップルさんやネクタイさん、ありがとうございました〜(^^)

先程書いたノートを見ながら音の色や形をイメージし、ipodのRECスタートを押しハナ唄を録音します。
そのときの気持ちを思い返しながら、まだ言葉になれない音を唄います。

あのカップルもネクタイの方も、アナタにも
「しあわせになりましょう」とゆう願いをこめて。


何故このようなやり方を始めたかと言えば、それは高校生の頃に読んだ一冊の古本にヒントがありました。

『葉山海岸通り』(田中康夫 著)

言わずと知れた前長野県知事の田中康夫氏が、「なんとなくクリスタル」(これは読んでいませんが)の後に出版なさった短篇小説集です。
この中に『首都高速』とゆう、わずか17頁の短篇小説がありました。

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物語の主人公は、作詞家の若い女性。
締切が近付きことばが浮かび出てこないとき、ノートと鉛筆だけを持ち、車で出掛けます。
西麻布のカフェバー(場所も呼び名も時代を感じてしまいますね)でオレンジジュースを飲んでから店を出ます。
飯倉から首都高に乗り羽田方面へ、大井埠頭から13号埋め立て地へ、再度首都高に乗り箱崎、竹橋、池袋・・・。
作詞家嬢、走ります飛ばします!
発売日まで決まっているアイドル歌手のデビュー曲の歌詞締切まであと15時間!
まだことばがひとつも出でこない!!
もうすぐ高島平の団地の灯が見えてくる・・・。
これから書く詞は、あそこに住む何千とゆう人の心をとらえることができるのだろうか。
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とゆう内容です。
当時から唄をことばをつくっていたワタシは、18才になったらすぐ免許を取って、首都高ぐるぐる廻りながら曲を書く人になる!
と、ひそかに決めていました。

年月は流れ自分の車を持ち、曲づくりに煮詰まったときにはこの小説のように車に乗り込みますが、ひとつ違う点が。
小説の彼女は高輪に住み港区や湾岸へ立ち寄りますが、ワタシの場合、上野不忍池や荒川河川敷や、ときには奥秩父へ向かいます。
しかもカフェバーでオレンジジュースではなく、龍神さまをお奉りしたような小さな神社やなにかイワレのありそうな祠(ほこら)を
見ながらの缶コーヒーです。
未明の薄闇の中、怖いので車から降りませんが。

そのうち犬の散歩やウォーキングをする人たちが現れる明るさになり、ワタシの深夜の徘徊は終わります。
手をつないで朝の散歩をするあの老夫婦や、駅へと急ぐ「普通の人たち」にこそ、伝わる響きをつくりたいと願いながら。

なお、「アコガレの首都高ぐるぐる」は、RX7乗りの弟が継承した模様です。
どうか安全運転で。