Top News 父喜紹介 徒然父山 喜也草子 CD 冷岩-coolrock- X'mas ×X'mas 父喜苑 2005.11.20.


■唄つくり唄うたいの歴史 〜その2


いつの時代も、人は『想い』を伝える為『ことば』を遺してきました。
ワタシもことばを紡ぐ者のひとりとして、この国の唄うたい唄つくりたちの歴史について知っておかねば・・・
そしてあなたにも興味を持っていただけたら・・・
と思い、簡単ではありますが書き綴ってみることにしました。

先月号では、神話の世界の方々の作品について触れましたが、今日はピューっと時空を飛び越え、こんな時代のアーティストたちに登場してもらいましょう。


この国で最初につくられた詩集は、飛鳥・奈良時代に詠まれた和歌をまとめた万葉集です。

万葉集といえば柿本人麻呂しか思い浮かばなかった未熟者ですが、4500首以上も収められていると知り、たいへん驚きました(*〜*)
天皇・貴族・名も無い普通の人々の歌がぎっちりと詰め込まれているのですね。
いつか、全部を読めるのだろうか・・・(^^;)

そして時代は平安の世に移り、古今和歌集がまとめられました。

その後、藤原定家らによって編集された新古今和歌集は、平安末期から鎌倉時代にかけて選歌され、出版(笑)されました。
小倉百人一首の編集も彼です。
定家は自分でも歌をつくるけれども、たいへんに優れた編集者だったみたいですね〜♪
ワタシ的には、小倉百人一首に選ばれた彼の歌よりも、あまり知られていない定家の歌集「拾遺愚草」に収められている和歌に一番心惹かれます。

「思ふこと 空しき夢のなか空に 絶ゆとも絶ゆな つらき玉の緒」 by 定家

この歌は、6月号で紹介した式子内親王の歌に対する返歌とのウワサが・・・。
その時代にワイドショーがあったら、世間を賑わせていたのかしらとか想像してしまいます(^▽^)


さてさてつづけます。(^O^)
この国で最初のストリートミュージシャンは、琵琶法師ではないかと思います。
平家物語に節をつけて弾き語りをしながら、各地を廻り広めたそうです。
(先月まで琵琶法師とは個人名だと、たったひとりだと、実にまぬけな勘違いをしていました。汗;)


この国で最初のシンガーソングライターは、室町時代末期の堺の僧侶、高三隆達(タカサブリュウタツ)ではないかとワタシは考えます。
昔の和歌や自作の句に節や曲をつけて、三味線で弾き語ったお方です。
庶民にとても人気があったようです。 カッコいい♪
「隆達小唄」として、軌跡は今でも残っています。

その隆達が弾き語りで唄った歌で、わたしたちにとってとても馴染みのある和歌があります。 作詞者は不明ですが。

「わが君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで」
                (古今和歌集第七番賀歌/詠み人知らず)

万葉の昔・・・
「君」とは「その場におられるいちばんのお方」、あるいは「主に女性が愛しい人を呼ぶ呼び方」だったとゆぅ説があります。

これも恋歌でしたら素敵ですのにね♪


追記:
現在この国の国歌である「君が代」の作曲者は宮内庁雅楽課の奥好義氏と林廣守氏であり、
日本に滞在していたドイツ人音楽家フランツ・エッケルトが洋楽の和声を付けて編曲したと言われています。