| Top | News | 父喜紹介 | 徒然父山 | 喜也草子 | CD | 冷岩-coolrock- | X'mas | ×X'mas | 父喜苑 | 2005.04.20. |
■浅草寺幼稚園
幼稚園の広告・勧誘メールではありませぬ故。(^_^;)
ワタシはお坊さん家系の為、小さいころ必然的に超観光スポットである金龍山浅草寺の付属幼稚園に通っていました。
ほんとは友達と一緒にバスコースで通いたかったけれど家から近すぎるので、毎朝母と手をつないでの歩きコースでした。
商店街をてくてく行き
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大通りを渡り
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クスノキ屋(昔ながらの手作りハンバーガーが大好きだった町のレストラン。ずいぶん前に閉店に)の前を通りすぎ
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蛇女の看板が怖かった見世物小屋の前を避ける為に、細い路地を左に曲がり
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当時は入園無料だった花やしきを通り抜け(裏口in→正面口からout)
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勝手に「亀池」と呼んでいた緑色によどんだ小池に架かるちいさな石橋を渡り
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鳩の餌売場を横目に本堂横の広場をとことこ行き
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大きな提灯の「宝蔵門」の下をくぐり
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まだ早朝でシャッターの閉まっている仲見世通りを、雷門を正面に進み
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幼稚園の前で母に「いってきます」と。
いま考えると、結構な距離です。
♪はっとも〜きっている幼稚園〜 どっなたがおったてになりました〜
か〜んのんさ〜まがわったしたち〜 いいこにな〜れと たてました〜♪
・・・と、これが演歌ではなく園歌で、卒園時にひとりひとりが、これを唄いおしゃべりを録音したSP盤をもらいます。
車・ハーレー・カメラ・機械いじり好きな父が録音してくれた、3才当時の初朗読「竹取物語」「安寿と厨子王」のテープと同じくらい、いまでは宝物です。
その頃読んだイギリスの童話「めんどりとこむぎつぶ」の絵本もそうですが。
年に一度学芸会のようなものが行われ、カナシイかな、そこはやっぱり仏教系。
女の子の永遠の憧れであるフリフリヒラヒラドレスの出てくるような西洋モノは一切なく、ワタシのいた鳩組さんの出し物は「舌切りすずめ」でした。
幸いにも?人間の役ではなく、舌を切られた三姉妹のすずめ役でした。(人間役だと、老人しか出てきませんし。)
「チュンチュン痛いよ〜」と言いながら、パタパタ舞台を駆け回った記憶が。
そして当然ながら幼稚園の行事でクリスマス会は、やった記憶がありません。
家ではツリーと不二屋のペコちゃんケーキでパーティーでしたけれど。
そのかわり毎年4月8日に「花まつり」とゆぅイベントがあります。
12月25日が主イエスのお誕生日なら、この日はそう、 お釈迦さまのお誕生日なのです。
こどもたちはひたいに丸いポッチをつけて、金や赤が目立つきらきらした着物を着て、とってもかわいいお稚児さんになります。
白い象と色鮮やかな花々。 いまでも行われているのかしら…。
けれど一番こころに残って"しまった"思い出は・・・
おしおきで暗くて狭い蔵のような部屋に閉じ込められてしまった事です…。
食わず嫌いで残してしまった給食のシイタケ(八方菜のようなスープ)と共に。(;_;)
いまでも暗くて狭い場所は苦手で、
[救急スプレーを取り損ね、タイラント戦で傷つき、暗い排気ダストの中で身動き取れないワタシはジル?それともレオン?苦しい。]
とゆぅバイオ的な悪夢を見てしまいます。
生まれた町を歩いた。
晴天の青と鳩の羽ばたき、砂利道の匂いと母の手のやわらかさ。
あなたの通学路には、どんな色や音がありましたか?
もし出来るのであれば、そこを歩いてみてください。
行けないのであれば、記憶を辿り巡ってみてください。
ほんの短い距離の間だけ、いま頭を悩ませている勉強やしごとや、眠れないほど考え込んでいる人間関係を消去して、
こどものあなたにもどって。
「なにがきみのしあわせ
なにをしてよろこぶ
わからないままおわる
そんなのはイヤだ」
(アンパンマンのマーチ/やなせたかし作詞)
そう、あなたはどんなオトナになりたかった?
追記:
ちなみに「かっこよくてキレイでおしゃれさんで赤いオープンカーを乗りまわして楽しくあそんで暮らすお姉さん」を未来イメージしていたのはワタシです。
さぁ がんばらなくては!(自ら苦笑)