| Top | News | 父喜紹介 | 徒然父山 | 喜也草子 | CD | 冷岩-coolrock- | X'mas | ×X'mas | 父喜苑 | 2005.03.20. |
■赤い夜
ワタシが生まれた意味を考えてみた。
なんの為に生まれて、こうして毎日を消耗し、
うれしがったり、かなしくなったりしながら
生きているのだろうと・・・。
・・・ひたすらに少年は走っていた。
両親とも弟とも、はぐれてしまっていた。
なにも持たずに走っていた。
ただ暗い方へと、水の方へと走っていた。
曲がり角で、町内会で見たことのあるおじさんが叫んだ。
「隅田川へ行っちゃだめだ!」
少年はどうしようかと悩んだ。
走りながら考えた。
運動靴のゴム底が熱かった。
地面がぶすぶす焼けていた。
眼鏡の枠が熱を持ち、部屋に置き忘れてきたブリキの飛行機を思い出した。
悔しくて、それでも走っていた。
下を見ながら走っていた。
上を見たら、火の粉で眼をやられてしまうから。
怖くて立ちすくんでしまうから。
町中が臭かった。
ガソリンのツンとした匂いが苦しかった。
ともだちはどうしてるんだろう、と考えた。
町中が赤かった。
顔が痛かった。
火の玉が落ちてきて、おでこに火傷した。
熱と風と音のすべてが爆発しているようだった。
凄まじい音に、空を見上げてしまった。
機体の腹が民家すれすれに飛んでいるかのようなB-29。
操縦席に、赤いロウ人形のような顔があった。
思わず建物に逃げ込んだ。
そこは浅草警察署だった。
一番安全そうな留置場の床にうずくまった。
だれもいなかった。
だれも来なかった。
少しだけ眠れた。
朝になり、外へ出てみた。
町が、なかった。
少年の家も、燃えてなくなっていた。
黒くなった人たちが、水を求めふらふらしていた。
黒くなって動かない人たちが、積み上げられていた。
川へ飛び込んだ人たちは、おおかたダメだったらしい。
家族はみんなだいじょうぶだった。
泣きながらみんなで抱き合った。
ブリキの飛行機は、母が持って逃げていた。
煤(すす)に汚れた母から「はい」と手渡されたそれを、
「母さんごめん」と言い、
少年は、躊躇もせず踏みつけて壊した。
それ以来、少年は花火を楽しむ事が出来なくなっていた・・・
・・・1945年の今日、3月10日。
東京では大空襲がありました。
ワタシの生まれた浅草は、ほんとうに何も残らないほど、焼けてなくなってしまったそうです。
たくさんの人たちが犠牲になりました。
生きてる意味なんて考えなくていい。
『いま』を精一杯生きればいい。
そうすればきっと、『未来』へ通じる。
それが、現時点でわかっている結論です。
「お父さん、一生懸命逃げてくれてありがとう」
だから、こうして生まれてこれたのですから。